一杯のビールから、次の一年がはじまる。Aura Brewing 1周年イベントへ

藤沢本町駅から少し歩いた先にある、小さなクラフトビール醸造所「Aura Brewing」。

2025年にこの場所で醸造を始めてから、ちょうど一年。2026年8月1日と2日、醸造所兼タップルームで1周年記念イベント「Episode 1 premium session」が開かれた。

各日、参加できるのは12人ほど。

限定ビールを飲み、普段は入ることのできない醸造スペースを見学し、最後には来年の2周年に向けたビールのアイデアを出し合う。

完成した一杯を味わうだけではなく、Aura Brewingが歩んできた一年と、これからつくっていく一年を、店主や参加者とともに囲む時間であった。

目次

「何が入っているか、当ててみてください」

イベントのはじまりに配られたのは、メニュー表に「?」とだけ書かれたウェルカムビールである。

Aura Brewingの店主であり、醸造を手がける大浦さんの声掛けで、参加者全員がグラスを手に取る。

「2周年を迎えられるように、頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いします」

控えめな言葉に続いて、1周年を祝う乾杯が行われた。

口に含むと、さっぱりとした飲み口。その奥に、柑橘のような香りと、舌に残るかすかな刺激がある。

「グレープフルーツかな」

「湘南ゴールド?」

「ブドウっぽい気もする」

参加者から、思い思いの答えが飛び交った。

正解は、山椒であった

山椒の実を一粒かじってから、もう一度グラスに口をつけてみると、さっきまで捉えきれなかった香りが、ふっと輪郭を持って現れる。

このビールは、大浦さんがクラフトビールづくりを始めるきっかけの一つとなった、茅ヶ崎の熊澤酒造による山椒を使ったビールへのオマージュなのだという。

大浦さんは、そのビールを初めて飲んだときに大きな衝撃を受けたと振り返る。

自分の心を動かした一杯から、今度は自分の手で一杯をつくる。

Aura Brewingの原点をたどるように、1周年のイベントは始まった。

いろいろな人の手でつくられた、1周年

この日の会場には、1周年を記念してつくられたグラスやコースター、Tシャツなどが並んでいた。

イベントのメインビジュアルや店内の壁画を描いたのは、Aura Brewingでアートディレクターも務める大学生のスタッフである。

色鮮やかなホップやビール、人々の笑顔が描かれたイラストは、少し専門的で近寄りがたく感じることもある醸造所を、明るく開かれた場所に変えていた。

参加者に贈られたのは、1周年限定カラーのロゴが入った記念グラスである。

用意された数は、この2日間の参加者に合わせた24個。限られた数だけつくられたグラスには、商品としての価値だけでなく、同じ場所で1周年を祝った記憶が込められているようであった。

店外には、一枚ずつ模様の異なる藍染めのTシャツも並んでいた。

制作を依頼したのは、藤沢で藍染めの体験活動などを行う人である。障害のある人が働ける場をつくる活動にも取り組んでいるという。

購入したTシャツには、一度無料で染め直しを体験できる特典も付けられていた。色が褪せたり、違う模様にしたくなったりしたときには、自ら手を加え、もう一度育てることができる。

大浦さんがAura Brewingを立ち上げた背景にも、障害のある人の雇用を生み出したいという思いがある。

ビールをつくること。

商品をつくること。

誰かが働ける場所や、人と人がつながるきっかけをつくること。

それぞれを別々の活動として切り離すのではなく、一つの場所の中で少しずつ重ねていく。

そこに、Aura Brewingらしさが表れていた。

大きな銀色のタンクがない醸造所

乾杯と歓談を楽しんだ後は、少人数のグループに分かれて醸造スペースへ向かった。

一般的に「ビール工場」と聞いて思い浮かべるのは、大きな銀色のタンクがずらりと並ぶ風景かもしれない。

ところが、Aura Brewingの醸造所には、それとは少し違った光景が広がっている。

発酵に使われているのは、業務用の縦型冷凍庫である。

その中に専用の袋を入れ、ビールを発酵させる小規模醸造設備を採用している。

冷凍庫は本来、冷やすための機械である。しかしビールを発酵させるには、酵母が働きやすい温度を保たなければならない。

そこで大浦さんは、温度を感知するサーモスタットと、爬虫類の飼育などにも使われる薄型のパネルヒーターを組み合わせた。

設定温度より高くなれば冷凍庫が動き、低くなればヒーターが作動する。冷却と加温を繰り返すことで、発酵に適した温度を維持している。

専用の袋を収めるための木枠も、大浦さんの自作である。

「これも自分でつくったんですか?」

参加者から何度も同じ質問が上がる。

そのたびに、大浦さんは「そうですね」と答えながら、部品の役割や、つくるまでに試したことを説明していった。

市販の設備をそのまま使うのではなく、必要なものを集め、限られた空間に合う形へつくり変えていく。

醸造所の中には、大浦さんが試行錯誤してきた時間そのものが残されていた。

麦の香りをかいで、かじってみる

続いて見せてもらったのは、ビールの原料となる麦芽である。

明るい色をしたもの、少し茶色く焙煎されたもの、コーヒー豆のように黒いもの。

参加者は実際に手に取り、香りをかぎ、一粒ずつかじってみた。

黒い麦芽からは、コーヒーやチョコレートを思わせる香ばしさが感じられる。

小麦麦芽は驚くほど硬く、オーツ麦は、普段目にする押し麦のような姿をしていた。

麦芽の種類や配合によって、ビールの色や香り、甘み、濁り、口当たりが変わる

大浦さんは、店で提供しているビールの名前を挙げながら、それぞれにどの麦芽を使っているのかを説明していった。

麦芽は、仕込みの前にミルで砕く。

ここで使われている機械も、家庭醸造用の手回し式ミルとモーターを接続した自作のものである。

以前、硬い小麦麦芽を一気に入れたことで接続部分が削れ、機械が空回りするようになったことがあった。

新しい部品が届くまで、大浦さんは一回に約30キロの麦芽を、手でミルを回して挽いていたという。

一度の作業に、およそ1時間。しかも、それを一度ではなく、何度も繰り返した。

大浦さんは笑いながら話すが、実際にハンドルを回し続ける姿を想像すると、その大変さが伝わってくる。

完成したビールからは見えない手間が、一杯の奥に積み重なっている。

一杯になるまで、ほぼ一日

砕いた麦芽は、お湯と混ぜ、糖分や香りを抽出する。

その液体を循環させながら澄ませ、別の容器へ移して煮沸し、そこにホップを加える。

ホップは長く煮るほど苦味が強くなる。一方、香りを強く残したいときには、煮る時間を短くしたり、加熱せず発酵中に加える「ドライホップ」という方法を使ったりする。

煮沸を終えた液体は、熱交換器や氷水を使って一気に冷却する。酵母が働きやすい温度まで下がったところで発酵用の袋へ移し、酵母を加える。

発酵にかかる期間は、酵母やビールの種類にもよるが、およそ1週間から2週間である。

仕込みの開始は、朝の7時ごろ。

作業が終わるのは、夕方から夜になることもあるという。

「煮ている間は座って待てるのでは」と思ってしまうが、次の材料を用意し、温度を確認し、器具を洗い、ホップを入れる時間を計る。

大浦さんは、複数の工程を行き来しながら、ほとんど立ちっぱなしで一日を過ごす。

有給休暇を取り、3日連続で仕込みを行ったこともあったそうだ。

麦芽の量、砕き方、温度、時間、酵母の状態。一杯のビールは、細かな計算と管理の積み重ねによってつくられる。

一方で、山椒を使ったり、複数のホップを組み合わせたり、既存のスタイルにない味を目指したりするのは、つくり手の発想である。

科学のような正確さと、料理のような自由さ。

その二つが重なって、Aura Brewingのビールが生まれている。

店主・大浦さんがつくりたいもの

醸造所を案内する大浦さんは、設備について聞かれれば仕組みを細かく説明し、失敗について聞かれれば隠さずに話した。

機械が壊れたことも、長時間の仕込みも、ビールが完成するまで味を確かめられない不安も、冗談を交えながら参加者に共有していく。

その姿からは、完成した商品だけを見せるのではなく、つくる過程まで含めて、この場所を楽しんでもらいたいという想いが伝わってきた。

大浦さんがAura Brewingを始めた理由は、ビールをつくりたかったからだけではない。

障害のある人が働ける場所をつくること。地域の人や事業者とつながること。そして、ビールをきっかけに新しい交流が生まれる場所をつくること。

1周年イベントに用意されたイラスト、グラス、藍染めのTシャツも、その考えの延長線上にある。

大浦さん一人ですべてを完成させるのではなく、誰かの技術やアイデアを借りながら、一緒につくっていく。

Aura Brewingでつくられているのは、ビールだけではない。人が関われる余白そのものなのである。

来年のビールを、みんなで考える

イベントの最後に行われたのは、来年の2周年に向けたビールのアイデア会議である。

テーマは、藤沢らしいビール

味、香り、色、材料。さらには、どのように提供し、誰と飲むのかまで、自由に意見を出した。

「シラスや海藻は使えるかな」

「湘南らしく、塩を使ったビールはどうだろう」

「日本酒みたいに、塩を少しなめながら飲みたい」

「一人では注げなくて、隣の人と協力しないと飲めない仕掛けがあったら、自然に会話が生まれそう」

大浦さんは、最初から細かな条件を示すことはしなかった。

事前に情報を与えすぎると、参加者の発想がそこに縛られてしまうからである。

「まとめなくていいので、自由に意見を出してください」

参加者が交わす会話に耳を傾けながら、大浦さんは、そこから面白いと思ったアイデアを拾い、レシピに落とし込むと話した。

話は次第に、単に「藤沢の食材を使う」というところから、そのビールを通して、どんな人と出会い、どんな時間をつくりたいかへ広がっていった。

地元の農家や漁業に関わる人と一緒につくる。

町内会や地域のお店と協力する。

ビールをきっかけに、普段は話さない人同士が会話を始める。

タイミングが合えば、参加者が実際の仕込みに関わる機会もつくりたいという。

来年、2周年を祝うグラスに注がれるビールは、この日の会話から始まるのである。

飲む人も、一緒につくる人になる

Aura Brewingの1周年イベントで印象に残ったのは、大浦さんと参加者との距離の近さである。

設備の工夫も、失敗した経験も、自分なりの仮説も、隠すことなく話す。

参加者も麦芽をかじり、分からないことを質問し、次のビールのアイデアを出す。

ビールをつくる人と、それを飲む人。

その間に、はっきりとした境界線がない。

誰かが描いた絵が店の顔になり、地域で出会った人が記念品をつくり、参加者の何気ない一言が、次のビールにつながっていく。

Aura Brewingは、ビールを製造し、販売する場所であると同時に、いろいろな人の思いや得意なことが交わる場所にもなっていた。

イベントの冒頭、大浦さんはこう話していた。

「2周年を迎えられるように、頑張っていきたいと思います」

その言葉は、決して当たり前に次の一年がやってくるわけではない、小さな醸造所の正直な思いなのだろう。

けれど、この日集まった人たちがグラスを囲み、次のビールについて楽しそうに話す姿を見ていると、Aura Brewingのこれからは、大浦さん一人だけでつくるものではないことも伝わってきた。

飲む人も、地域の人も、店に関わる人も、それぞれの形で次の一年をつくる側になる。

来年の夏、2周年の乾杯で飲むのは、どのようなビールだろう。

その一杯にはきっと、藤沢で生まれたアイデアや出会い、そしてこの日交わされた会話も、一緒に溶け込んでいるはずである。

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