平塚に産業を。20年かけて“綿から街をつくるNYU-DO(ニュード)の物語|柳祐輔

湘南の海から少し離れた、平塚の街。
その一角で、ゆっくりと新しい“産業”を育てようとしている人がいる。

柳祐輔さん。
平塚生まれ、平塚育ち。二児の父であり、Webクリエイターであり、
そして「ニュード」という名のコットンプロジェクトを率いる人だ。

彼が目指すのは、巨大な工場でも、効率を追い求めるビジネスでもない。
家族の暮らしのそばに寄り添い、地域に根を張る“文化的な産業”だ。

始まりは、子どものアトピーだった。
安心して着せられる服を探すうちに、日本の綿自給率が0%であることを知る。
その現実に、父として、クリエイターとして、ひとりの生活者として向き合ったとき、
心の中で静かに灯ったのが「平塚に産業を」という想いだった。

土を耕し、綿を育て、糸を紡ぎ、服をつくる。
それは一見、非効率で、時間のかかる行為のように見える。
けれど、そこには“暮らしを手放さない”という、確かな意志がある。

この小さな畑から、どんな未来が生まれていくのか。
柳さんの物語に、耳を傾けてみよう。

【movie】


【interview】

子どものアトピーが、すべてのはじまりだった

柳さんには小学生の子どもが2人いる。
どちらもアトピー性皮膚炎を持っており、肌に触れるものには人一倍気を遣う。

「犬を飼うのを諦めたり、家具を人体に優しいものに変えたり。服だけは、綿100%のものを選ぶようにしていました。」

しかし調べてみると、日本の綿自給率はゼロ。
どんなに安心なものを選びたいと思っても、素材の多くは海外に頼っている。
コロナ禍や戦争の影響で輸入コストが高騰し、綿の価格は3倍にも跳ね上がった。

「このままじゃ、うちの子に“安心して着せられる服”さえ手が届かなくなると思ったんです。」

だからこそ、彼は動いた。

「じゃあ、自分で作れるようになろう。」


「ズッコケ3人組」に学んだ、働くことの楽しさ

柳さんには、三つの“原体験”がある。

一つ目は、小学生の頃に夢中で読んだ『ズッコケ3人組』の「ズッコケ株式会社」。
「働くことって、大冒険なんだ」と感じた。

二つ目は、高校の吹奏楽部。
男子全員が丸坊主で、文化祭ではゲリラ演奏。
「お客さんのド肝を抜きたい」というクリエイティブ精神を、仲間と共有した。

三つ目は、青年期を共に過ごしたゴールデンレトリバーのミッキー。
「いつも陽気で、楽しそうで。彼から“楽しそうに生きることが人を幸せにする”って教わりました。」


40歳の春、「残りの人生の企画書」を書いた

40歳の誕生日を迎えた春、柳さんは一本の企画書を書いた。
題して「残りの人生の生き方」。
その最初のページに書かれていたのは、ただ二つの言葉だった。

  • 世界一安心して子どもに着せられるTシャツを作る
  • そのすべてを平塚で完結させる

この言葉に賛同した2人のWebクリエイター仲間と共に、ゼロからの挑戦が始まった。
クワ2本と市民農園の契約書を手に、3人で畑を耕した。

「アパレルも農業も何も知らない3人。あの土の重さは忘れません。」

その後、オーガニックコットンのパイオニア・アバンティ社と出会い、
国産綿復活プロジェクトへの参加が決まった。

平塚で育てた綿を糸にし、布にして、Tシャツに仕立てる。
プロジェクト名は「ニュード」――入道雲のように、子どもたちの未来が晴れ渡るように。


学生たちと、冒険を続ける

転機は、平塚中等教育学校との出会いだった。
「じぶんラボ」という探究プログラムに声をかけられた柳さんは、
当初は講演を一度する程度のつもりだったという。

しかし先生からの提案は、まったく違っていた。

「ニュードそのものに、生徒を参加させてくれませんか?」

驚きながらも引き受けたコラボレーションは、今やニュードの活動の柱のひとつとなっている。
「学生より大人の方がずっと冒険してる」――そんな言葉を生徒からもらった時、
「自分たちのやっていることは間違っていない」と確信した。


行動力の正体は、“目的”だった

「よく“行動力がありますね”って言われるんですが、僕はずっと行動できないタイプだったんです。」

柳さんは笑う。
「行動力って、エネルギーじゃなくて“目的”のことなんですよ。」

「デートの約束ができたら、どんな障害があっても行きますよね。
ニュードも同じ。20年後に産業ができる未来が見えているから、
そこに向けて今できることを逆算しているだけなんです。」


自分にできるのは、一人の大人の背中を見せることだけ

ニュードの挑戦は、単なる産業づくりにとどまらない。
「文化的な産業を平塚に育てたい」
「大人が楽しそうに挑戦したり失敗したりする背中を、子どもたちに見せたい」

その想いから、空き家をリノベーションしたコミュニティスペースの構想も進む。
学生も市民も自由に集い、語り合える“秘密基地”のような場所を目指して。

「立派になれとは言わない。
ニュードみたいな大人になっても悪くないな、
そう思ってもらえたら、それでいいんです。」


【photogallery】


【編集後記】

「産業」という言葉には、どこか重くて遠い響きがある。
でも柳さんの語るそれは、もっと柔らかく、温かい。

畑を耕し、糸を紡ぎ、人と関係を結ぶ。
産業とは本来、そんな“暮らしの延長”にあるものなのかもしれない。

取材の途中で柳さんが語った一言が印象に残っている。

「僕は、大人が楽しそうにしてる姿を子どもに見せたいだけなんです。」

その言葉を聞いた瞬間、産業とは「仕事」ではなく「文化」なんだと気づかされた。
誰かの背中を見て、次の世代がまた一歩を踏み出す。
ニュードの物語は、そんな希望の連鎖そのものだ。


柳 祐輔(やなぎ ゆうすけ) ニュード代表/WEBクリエーター

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