折れない想いが、働く場を生んだ|AuraBrewing・大浦 真琴が貫いた選択

藤沢の街に、新しい“循環”をつくろうとしている人がいる。
クラフトビールという身近な嗜好品を入り口に、障害者雇用、地域農業、家族、そして起業という選択肢までを静かにつないでいく——。

AuraBrewingを立ち上げた大浦真琴さんは、平日は会社員として特例子会社で障害者雇用のマネジメントに携わりながら、週末にはブルワーとしてビールを仕込む。
その原動力は、決して派手な夢や成功物語ではない。
「身近にいる人の不安を、少しでも減らしたい」
その実感から生まれた、極めて個人的で、だからこそ社会につながっていく挑戦だった。

【movie】

【interview】

障がい者雇用に向き合う理由

大浦さんが障がい者雇用に強い思いを抱く背景には、二つの原体験がある。
ひとつは、障害を持った方が身近にいたこと。将来への不安を、決して他人事ではなく“当事者の感情”として感じてきた。
もうひとつは、かつてグループ会社の立場から特例子会社に業務を委託する側だった経験だ。

「正直、アウトプットの質に驚きました。健常者よりも安定して、丁寧で、高い成果を出してくれる」

その経験が、障がい者雇用を“福祉”ではなく“価値ある仕事”として広げたいという想いにつながっていく。

しかし、既存の組織ではどうしても受け入れきれない障害特性を持つ人たちがいる現実もある。
「どんな障がいがあっても、働ける場をつくりたい」
その答えとして、大浦さんは“自分でつくる”ことを選んだ


なぜクラフトビールだったのか

起業の手段として選んだのは、クラフトビール。
理由はシンプルだ。「自分が心から好きだったから」

茅ヶ崎で飲んだ一杯のクラフトビールに感動し、その感動を誰かに手渡したいと思った
加えて、製造業には多くの工程があり、工程ごとに異なる特性の仕事を切り出せる。
「障害の特性に合わせた仕事を設計できると思った」

こうして、クラフトビールと障がい者雇用が一本の線でつながっていく。


物件探し、資金、修行——想像以上の壁

ブルワリー立ち上げは、理想だけでは進まなかった。
物件探しには1年。飲食可、酒類製造免許、登記条件、家賃…。
ようやく藤沢本町の物件にたどり着いたのは、偶然と行動の積み重ねだった。

さらに、酒類製造免許のためには技術証明が必要になる。
大浦さんは島根県で修行を決意。
平日の仕事を終え、金曜夜に羽田から広島へ。レンタカーで山道を越え、道の駅で車中泊。
それを約4か月、毎週続けた。

「正直、最初は本当にきつかった。でも、なぜ続けられたかと言えば、“障がい者雇用を自分の手でやりたい”という思いがあったからだと思います」


石見式醸造法と、現実的な起業

選んだのは、巨大なタンクを使わない「石見式醸造法」。
家庭用冷蔵庫とポリ袋を使う発酵方法で、初期投資は従来の数分の一。

「家族もいて、住宅ローンもある。数千万円の借金は現実的じゃなかった」

“できる方法”を選ぶことも、起業の大切な判断だった


ビールづくりと空間へのこだわり

ビールづくりは、粉砕、糖化、煮沸、発酵、貯蔵、炭酸注入と、細かな工程の連続だ。
そのすべてを理解し、設計しながら、大浦さんは空間づくりにも徹底してこだわった。

・対面で注げるタップ
・ロゴ入りグラス
・タップ型の蛇口がついたトイレ
・思わず笑ってしまうピクトグラム

「クラフトビールは体験だと思っている」

泡を入れず、ギリギリまで注ぐ一杯にも、“少しでも多く楽しんでほしい”という誠実さがにじむ。


藤沢を味にする「Fシリーズ」

AuraBrewingの定番「Fseries」は、藤沢13地区をイメージしたビール
地域の特徴をChatGPTとも相談しながらレシピに落とし込み、順次仕込んでいく予定だ。

さらに、規格外農産物や放置された果樹を使ったビールづくり、親子参加型の収穫イベントなど、一次産業と地域、人をつなぐ構想も広がっている


ロールモデルとして

大浦さんが目指すのは、自分だけの成功ではない

「同じように、家族に障害者がいて将来に不安を抱えている人が、“自分にもできるかもしれない”と思える存在になりたい」

起業は特別な人だけのものではない。
必要なのは、折れないための“強い想い”だけだと、大浦さんは語る。

【photogallery】


【編集後記】

大浦さんの話を聞いていて、何度も立ち返った言葉がある。
それは「想い」だった。

効率でも、正解でも、流行でもない。
身近にいる誰かの将来を思ったときに生まれた、不安と願い。
その感情から目を逸らさず、「自分の手でできることは何か」を問い続けた結果が、AuraBrewingというかたちになっている

週末ごとに島根へ通い続けた四か月も、
数えきれない調整や遠回りも、
決して“すごいこと”として語られるためのものではない。
ただ、「折れないために必要だった時間」だったのだと思う。

大浦さんの挑戦は、起業の成功談ではない。
それは、誰かの不安を見過ごさなかった人が、
自分の生活と覚悟を引き受けながら、現実に“働く場”を実装していく記録だ

起業は特別な人のものではない。
けれど、強い想いなしには続かない。
そのことを、これほど静かに、誠実に示してくれる物語は多くない。

AuraBrewingの一杯には、
味や香りだけでなく、「それでもやる」と決めた人の時間が溶け込んでいる。
この街で交わされるその一杯が、
誰かの不安を、ほんの少し軽くする日が来ることを願っている。

大浦 真琴(おおうら まこと)AuraBrewing代表・醸造責任者

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