ライズへの一年|第1回 水のかたちが、決まる前に

水がどんなイロにもカタチにもなれるように、だれもが自分のなりたい姿になれる。

そう掲げた、ひとつの団体が、湘南にある。

名前は、アクアライズ。 高校生たちが、ミュージカルを作り、舞台に立つ団体である。

学生たちが、主体となって、動かしている。
脚本も、衣装も、舞台美術も、稽古の運営も、自分たちで作っていく。
学校とは別の場所に、自分たちで稽古場を借り、自分たちで時間を作って通っている。

完成された大人の活動ではない。覚束ないけれど、本気の場所である。


始まりは、2022年。

「高校生ミュージカル Aqua」という、ひとつの団体が、湘南に生まれた。 ミュージカルを、自分たちの手で作りたいという思いから集まった、高校生たちの場所だった。

2024年、藤沢の新堀ライブ館で、初めての公演を行った。 2024年、同じホールで、二回目の公演を行った。

2025年。 立ち上げから三年が経ち、Aquaを始めた一期のメンバーが、高校を卒業していった。 Aquaという団体は、そこで一度、終わった。

けれど、終わらせなかった人たちがいる。

Aquaを卒業した三人のメンバーが、ここで得た学びや感動を、次の世代につなぎたい、と動いた。 同じ年、新しく立ち上がった団体の名前は、Aquarise——アクアライズ。 水が、立ち上がる、というように。

その年の末、同じ新堀ライブ館で、アクアライズとして初めての公演が行われた。


2026年。 アクアライズとしての、二年目の活動が始まろうとしている。 新しい年度のメンバー募集が、進んでいる。

そして、もうひとつ。 Aqua時代に共に団体を立ち上げた人のひとりが、現場に戻ってきている。 アクアライズが生まれるとき、いちど離れていた彼女が、今期、サポーターとして、もう一度、稽古場に立つことになった。

来年三月、湘南のあるホールで、また幕が上がる。


舞台の幕が上がる夜、観客は、完成された一場面を見る。 その手前には、長い時間がある。

誰かが脚本を直し、誰かが歌を覚え、誰かが衣装を縫う。 誰かが、まだ、自分の表現を見つけられずにいる。

フジノオトは、これから一年、その時間の方を書きたい。 稽古場に通い、そこで見たことを書きたい。 覚束なさも、迷いも、笑いも、沈黙も。

来年三月、彼女たちが舞台に立つ日まで。 月に一度、この場所を訪ねていく。

よかったら、一緒に立ち会ってほしい。

その最初の日のことから、書いておく。


はじまりの一日

2026年5月24日。日曜日の午後、湘南のある稽古場に、十数人が集まった。 プレ稽古、と呼ばれていた。

アクアライズの活動に興味がある人が、気軽に参加できる場、として告知された集まりだった。 正式なメンバーになるかどうかを、まだ決めていない子もいる。 今年から加わる、新しいサポーター陣もいる。

主宰の三人が、迎えた。

入っていくと

白い壁、蛍光灯、鏡、床。

部屋の中では、すでに歌の練習が進んでいた。 発声、メロディの確認、繰り返し。

その日の予定では、歌のあとに、ダンスの稽古があるはずだった。 けれど、ダンスの先生が、急遽、来られなくなったらしい。

代わりに、アクアライズの第一期に出演した子が、ひとり、前に立った。 自分が一期の舞台で踊った振りを、新しい子たちに、ひとつずつ教えていく。

鏡の前で、手と足が、ゆっくり、繰り返される。 見ている子たちは、目でそれを追っていた。

蛍光灯の明かりが、白く、均一に落ちている。


リノさんが、前に立つ

歌とダンスの時間が終わって、リノさんが前に立った。

今日の表現ワークのサポーターを、彼女が担当することになっていた。

「みんな緊張してるよね。今、私も緊張してるんだけど」

少し笑いが起きる。

「私はね、ダンスを教えるとかじゃなくて、表現の楽しさを、みんなで研究したいなって思ってる」 「教えるんじゃなくて、伝染させたい、みたいな」「Aquaに賭けてた思いも一緒にね!」

並んでいる子たちが、彼女を見ている。

「三歳しか変わらないよね、みんなと。だから、講師でもないし、主宰でもないし、ちょっとお姉さんみたいな感じで、相談相手にもなれたらいいなって」

リノさんは、Aquaの発案者だった。 Aquaが活動を終え、卒業した三人がアクアライズを始めるとき、彼女は一度、現場から離れていた。 今期、サポーターとして、戻ってきた。

名前とポーズ

ウォーミングアップが始まった。

順番に、自分の名前を言いながら、思いついたポーズをつける。 周りの全員が、それを真似して返す。

ある子は手を頭の上で組んだ。 ある子は足を踏み鳴らした。 ある子は、両手を顔の横でぱっと開いた。

リズムが少しずつ揃っていく。 笑い声が、混ざる。

ひと巡り、ふた巡りと繰り返すうちに、緊張が、少しずつ、ほどけていく。 名前と動きが、それぞれの人と、結びついていく。

笑いながら、覚えていく時間だったのかもしれない。

歩く、止まる、走る

次のワークが始まる。

「部屋の中を、自由に歩いてみて」 「みんながどこか一箇所に集まらないようにね」

歩き始める。 最初は、誰もが俯きがちに歩いていた。

「ジュースが沈殿しないように。分散してたら、おいしいでしょ」とリノさんが言う。

直線で曲がる。早歩きになる。誰かが走り出す。

「止まってもいい」と声が飛んだ瞬間、 全員が、一斉に、止まった。

「あれ、なんでそんなにみんな止まるの」

笑いが起きる。

止まってもいい、と言われた瞬間、止まる方を選んでしまう。 動いていてもいい、止まってもいい、と言われて、選ぶことの方が、難しいのかもしれない。

その後、二つのグループに分かれて、同じことを繰り返した。 動く子は、止まる子に近づいたり、離れたり、ぐるぐる回ったりしている。 見ている子は、笑いをこらえていた。

ただ歩くだけ、走るだけ、でも速さや向き、足音を変えるだけでも感情が見えてくる

色を、食べ物を、果物を

「次は、オレンジを表現してください」

全員が動く。 誰かは丸くなり、誰かは両手を広げる。 「太陽」「みかん」「元気な感じ」と、返ってくる。

続けて、ピンク。青。おにぎり。うどん。

「みんなちゃんと、自分がうどんになってくれた」とリノさんが言って、自分でも笑う。

形のない色を、形のある食べ物に重ねていく。 言葉ではなく、体から先に出してみる。 表現することを習うのではなく、表現してみること自体を、ここでは練習している、のかもしれない。

最後に、果物のジェスチャークイズになった。 ひとりが前に出て、果物を体で表現する。残りが当てる。

「パイナップル?」「ぶどう」「ドリアン」「メロン」

なかなか当たらない。 表現している子は、別の動きに変える。やっぱり当たらない。

「正解は、ライチでした」

「難しい」と彼女が言う。「確かにライチは、楽じゃないわ」

体での自己紹介

最後のワークが始まる。

ひとりずつ、好きなものと名前を、体で表現する。 一回目は無言で、二回目は言葉をつけて。

順番に、前に出る。 動きが終わると、その動きに、言葉が乗る。

「漫画を読むのと、アニメを見るのが大好きです」 「推しを見るのが大好きです」 「納豆をかき混ぜて食べるのが大好きです」 「とにかく頑張ることと、生きることが大好きで、でも泣き虫で、シュークリームが好きです」

最初は名前を覚えるだけだった人たちが、終わるころには、好きなものまで知っている。 そういう時間を、リノさんは作りたかったのかもしれない。

編集後記

表現を、研究する。

その日リノさんが繰り返したその言葉が、終わってからも、しばらく耳に残った。

形のないものを、体で表してみる。 当たらない時間も、当たらない時間として、ちゃんとそこにある。 緊張も、迷いも、そのまま、表現の素材だった。

来年三月、彼女たちは舞台に立つ。 その日に至るまでに、稽古場で、何度も何度も、研究が繰り返されるのだろう。 歌の練習。ダンスの振り入れ。脚本の読み合わせ。衣装の調整。 そして、表現するということ自体の、研究。

何が起きていくのか。
何が変わって、何が変わらないのか。
ひと月ずつ、ここに通って、書き残していきたい。