「ないなら創る」という選択。|浅川 花和の選択と歩み

目次

「やりたい」は、現実を動かすのか

湘南の海の近くで、
高校生たちが一から舞台をつくっている。

脚本も、広報も、資金も、場所も。
最初から揃っていたものは、何ひとつない。

それでも、その舞台は満席になり、
観た人の感情を確かに動かした。

その中心にいたのが、浅川花和さんだ。

彼女の活動は、
“恵まれた環境の中で才能を伸ばした話”ではない。

むしろその逆に近い。

場所がない。お金もない。やり方もわからない。
それでも、「やりたい」という感覚だけは消えなかった。


【movie】

【interview】

心と言葉、その先にあったもの

原点は、中学時代の吹奏楽部にある。

本気で音楽と向き合う先輩たち。
そして、一人ひとりに言葉をかける顧問の先生。

その姿に触れる中で、浅川さんの中に残った感覚がある。

「自分は、心と言葉に関わって生きていきたい」

それは、将来の職業というよりも、
“どう生きるか”に近い感覚だった。

すべてが繋がった瞬間

転機は、偶然見つけた一本の動画だった。

ミュージカルの楽曲を、一人で歌う映像。

そのとき、彼女の中でバラバラだったものが一つになる。

心と言葉。
音楽。
表現。

それらがすべて重なる場所として、
ミュージカルという存在が立ち上がった。

さらに、高校1年の夏。
帝国劇場で観た舞台。

役者の呼吸、足音、空気の震え。
それは“演技”というより、**“存在”**だった。

「自分じゃない誰かを、生きてみたい」

そう思った瞬間、この道は選択肢ではなくなった。

やりたい。でも、できない

ただ、その思いはすぐに形にはならなかった。

家庭の状況。
お金の問題。
経験の不足。

やりたい気持ちはあるのに、
現実に接続するルートが見えない。

その状態が、しばらく続く。

「ないなら創る」という選択

状況が動いたのは、ひとつの出会いからだった。

同級生のSNS投稿。
「ミュージカルがやりたい」

話してみると、抱えている課題は同じだった。

場所がない。
挑戦できる環境がない。

そこで出た結論はシンプルだった。

「ないなら、自分たちで創ろう」


立ち上げは、ほぼ手探りだった

団体立ち上げの経験は当然ない。

それでも、毎日のようにカフェに集まり、
企画書をつくり、情報を調べる。

藤沢市の市民活動推進センターに通い、
現実的なアドバイスをもらいながら、少しずつ形にしていった。

さらに、県内の高校に電話をかけ、
校長に直接交渉してチラシを貼らせてもらう。

タウンニュースにも掲載され、
少しずつ人の目に触れていく。

一つひとつは小さな行動でも、
積み重ねることで現実が動き始める。

人は、想いに反応する

メンバー集めは簡単ではなかった。

イベントに足を運び、チラシを配り、声をかける。
友人にも一人ひとり声をかけていく。

同時に、活動を応援してくれる人とも出会った。

チラシ配りの最中に声をかけてくれた人が、
その場で応援を申し出てくれたこともあった。

「やりたい」と伝えることが、誰かの行動を動かす。

その実感は、初めての経験だった。

中途半端だった自分と向き合う

当時の浅川さんにとって、勉強は“正解”だった。

努力すれば結果が出る。
評価される。

だから、初めてのイベント出演よりも、テストを優先した。

その選択は間違いではなかった。
ただ、どこかで引っかかりが残る。

腹を括った日

決定的だったのは、相方からの言葉だった。

「このままだと、一緒に共同代表はできない」

その一言で、自分の状態を突きつけられる。

考えた末に出した結論はひとつ。

「これは今しかできない」

そこで初めて、覚悟が決まった。


初めての公演、その後に来たもの

初公演は、藤沢のホールで行われた。

200席×2公演。
チケットは完売。

舞台の上では、ただ夢中だった。

本当に実感が湧いたのは、終わったあとだった。

すべての撤収が終わり、
「お疲れ様」と言い合った瞬間。

感情が一気に溢れ、涙が止まらなかった。

「創る」ということの変化

アクアの頃は、とにかく必死だった。

すべてを抱え込みながら、舞台にも立つ。
その中で、限界も感じていた。

「やりたいはずなのに、余裕がない」

その感覚が残っている。

だから今はやり方を変えた。

高校生たちには、演じるだけでなく、
制作や運営にも関わってもらっている。

ただし、抱えすぎないようにする。

「関わる。でも、抱えすぎない」

それは、自分の経験から生まれた設計だった。

「アクアライズ」へ——役割の再設計

高校時代に立ち上げた「アクア」は、
自分たちがやりたいことを形にするための場所だった。

舞台に立つこと。
表現すること。
成立させること。

そのすべてを、自分たちでやり切るための器だった。

ただ、大学生になり、立場が少し変わったことで、
見え方も変わっていく。

自分が演じるだけではなく、
次の世代にどう渡すか。

この活動を、どう続けていくか。

そこで、団体は「アクアライズ」という形に変わった。

アクア=可能性
ライズ=立ち上がる

誰かの中にあるものが、立ち上がる場所にしたい。

それは、自分がやる場所から、
誰かが挑戦できる場所へと役割が変わったことでもある。

俳優としての覚悟

19歳の誕生日の日。

「詰めが甘い」と言われた。

その言葉で、自分の曖昧さに気づく。

やりたいと言いながら、決めていなかった。

そこで初めて決めた。

俳優として生きる」

決めたあとに始まる現実

決めたからといって、すぐに何かが変わるわけではない。

オーディションを受ける。
落ちる。

その繰り返し。

それでも続ける。

その中で、少しずつ機会が生まれる。

名前で呼ばれ、任され、立つ時間。

「自分は、いま立っている」

そう思えた瞬間があった。

まだ途中であるということ

浅川さんは言う。

「まだ何者でもない」

武器も、実績も、言い切れない。

でも、止まらない。

その状態のまま、動き続ける。

編集後記

浅川さんの話は、成功談として整理することもできる。

けれど実際に聞こえてくるのは、
もっと不安定で、途中のままの声だった。

迷いながら、選びきれず、
それでも動き続けた結果として、形が生まれている。

「覚悟が決まってから動いた」のではなく、
動いたから覚悟が追いついてきた。

その順番が、とてもリアルだった。

完成された誰かではなく、
変わり続けている途中の人。

その過程そのものが、
この物語の価値なのだと思う。

浅川 花和(あさかわ かより) 俳優、高校生のためのミュージカル団体「Aquarise」主宰

◆個人
・Instagram:@kayoooori
◆Aquarise
・HP:https://aquariseofficial.studio.site/
・Instagram:@aquarise.official
・TikTok:@Aquarise

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