ライズへの一年|第3回 嫌いな自分も、連れていく

目次

2026年6月。 いつもの稽古場に、Aquarise(アクアライズ)のメンバーたちが集まった。

この日行われたのは、今期の活動を正式に始めるためのキックオフミーティング。

AquaからAquariseへと続く団体の歴史を知る。 来年三月の公演までの予定を確認する。 キャストや役割を決め、今期のテーマソングを選ぶ。

そして最後に、一人ひとりが、この一年で何をしたいのか、どんな自分になりたいのかを話す。

この日は、歌やダンスの稽古ではない。

けれど、ここで交わされる言葉は、 これからつくられる舞台の土台になる。

まだ役はない。 脚本も完成していない。 互いのことも、すべて知っているわけではない。

それでも、この日から、 同じ公演を目指す一年が、本格的に動き始める。

目標を話す前に、主宰の浅川さんは、この日の言葉を記録しておきたいと話した。

今ここで掲げた目標が、 来年三月の公演を終えたとき、どこまで叶っているのか。

そのとき、もう一度振り返ることができたら、 この一年の変化が、きっと見える。

だから、一人ひとりが、 今の自分を言葉にすることになった。

これは、目標を発表するだけの時間ではなかった。 これから一年をともにする人たちへ、今の自分を渡していく時間だった。


夢を隠さなくていい場所

キックオフのはじめに、浅川さんは、この団体が生まれるまでの話をした。

始まりは、2022年。

ミュージカルをやりたかった。 けれど、高校にはミュージカル部がない。

市民ミュージカルや劇団に入るには、経験もなく、少し敷居が高く感じられた。

やりたい気持ちはあった。 けれど、自分に合う場所がなかった。

「夢を、隠しに隠して生きてきた」

そんなとき、中学校時代の同級生だったリノさんが、ミュージカル団体をつくると発信した。

リノさんもまた、やりたいのに、自分に合う場所を見つけられずにいた。

だったら、自分たちでつくる。

半年ほど準備を重ね、五人が集まった。 高校生ミュージカルAquaが始まった。

稽古場を探すことも、企業や大人へ連絡することも、地域のイベントに出演することも、公演のためのお金を集めることも、自分たちで行った。

けれど、つくりたかったのは、ただミュージカルができる場所ではなかった。

学校の中で、自分を表現できないと感じていた人がいた。 ありのままの自分でいることに、居心地の悪さを感じていた人がいた。

だから、ここでは、自分を隠さずにいられるようにしたかった。

水が、どんなイロにも、カタチにもなれるように。 誰もが、自分のなりたい姿になれるように。

Aquaの活動を終えたあと、そこで得た学びや感動を次の世代へ残すために、Aquariseは生まれた。

浅川さんは、今期のメンバーにも、団体の始まりを知るだけで終わってほしくないと話した。

いつか誰かにAquariseについて尋ねられたとき、教えられた言葉ではなく、

「自分は、こういう想いでやっています」

と、自分の言葉で話せるようになってほしい

参加する場所から、自分たちでつくる場所へ。

そのための一年が始まろうとしていた。


この八人で

この日、今期のキャストについても話し合われた。

募集を完全に締め切るのか。 もう少しだけ、新しい人が入れる余地を残すのか。

昨年度より人数は少ない。

浅川さんは、一方的に決めるのではなく、これから舞台に立つメンバーへ判断を委ねた。

「私としては、みんなが主役だから」

少しの相談のあと、答えが出た。

この八人でやる。

「これでいこう」

歓声と笑いが上がった。

短いやり取りだった。

けれど、その瞬間、来年三月の舞台に立つ人たちが決まった。

まだ役も、脚本もない。 けれど、物語を背負う人たちは決まった。

この八人で、一年間を進む。 この八人で、ひとつの舞台をつくる。


一年の顔になる歌

続いて、今期のテーマソングを決める時間になった。

浅川さんは、候補曲を聴く前に、いくつかの条件を伝えた。

テーマソングは、公演の最後に歌う可能性もある。 地域のイベントで披露する曲にもなる。

ただ好きな曲を選ぶのではない。

歌詞の意味を考えること。 最後まで気持ちが上がっていく曲であること。 歌いながら踊れること。 そして、自分たちの思いを観客へ届けられること。

「今期のAquariseの顔になるような曲だから」

明るい応援歌。 青春をまっすぐに歌った曲。 会場全体で盛り上がれそうな曲。

いくつもの候補が挙がった。

有名な曲なら、初めて見る人も一緒に楽しめる。 けれど、有名すぎれば、元の歌手の印象が先に立つかもしれない。

歌詞がよくても、歌いながら踊るには難しすぎる曲もある。

アイドルのように見える曲ではなく、 高校生ミュージカル団体として歌える曲がいい。

候補を絞ると、曲を提案したメンバーが、選んだ理由を一人ずつ話した。

何かに本気で向き合う高校生の姿が表れているから。 一年間の苦労も含めて、観客へ届けられると思ったから。 会場にいる人たちと一体になれる曲だから。

その中に、緑黄色社会の「キャラクター」があった。

提案したメンバーは、この曲には舞台を思わせる言葉があると話した。

誰かと同じになるのではなく、自分にしかできない役を生きること。 自分に自信を持てない人にも、その人のままで立っていいと伝えること。

公演の物語だけではなく、Aquariseという団体そのものの歌にできる気がした。

投票を重ね、もう一度歌詞と曲調を確かめる。

最後は三曲に絞られた。

少し静かになった部屋で、一人ずつ手を挙げる。

そして、決まった。

Aquarise第二期のテーマソングは、緑黄色社会の「キャラクター」。

「決まっちゃったよ」

そんな声とともに、笑いが起きた。

同じ人になる必要はない。

それぞれが、自分にしかできない役を探しながら、 一つの舞台へ向かっていく。

違う理由でここに来た人たちが、 一つの歌に、自分たちの一年を重ねていく

この曲は、そんな八人の一年に似合う歌になった。

その曲を来年三月に歌うとき、 今日のことを思い出す人はいるだろうか。


今の自分を話す

テーマソングが決まると、キックオフは最後の時間に入った。

この一年で、何をしたいのか。
どんな自分になりたいのか。

一人ずつ、今の自分を話していく。

「私だけの、一番になれる何かを見つけたい」

そう話したメンバーがいた。

昨年、自分よりも強く、輝いて見える人がいた。

努力だけでは届かないのかもしれない。
才能のある人には勝てないのかもしれない。

そう感じた。

それでも、自分を諦めたくない。

今年一年をかけて、その人に勝つ。
「これなら彼女だよね」と言われる何かを見つける。

笑いの起きる力強い宣言の奥に、悔しさと意地があった。

別のメンバーは、高校で続けていた部活動について話した。

うまくいかなくなり、一人になり、しんどくなって辞めた。

今でも、当時のことを思い出し、眠れなくなることがあるという。

その後、友人に誘われ、Aquariseへ入った。

演技も、歌も、ダンスも、何か一つを極めてきたわけではない。

「中途半端にできる、って感じで」

けれど、昨年ここで活動し、仲間がいることが嬉しかった。

だから、今年も続ける。

ダンスも、歌も、演技も、もっと上手になりたい。

そして、こう言った。

「中途半端な自分から、卒業したい」

誰かが、「最高じゃん」と返した。

自己肯定感の低さについて話したメンバーもいた。

小学生のころ、長く仲良くしていた友達から、突然、自分のことを嫌いだと言われた。

一緒に登校し、何度も遊んだ相手だった。

それを境に、人から褒められても、その言葉の裏に何かあるのではないかと疑うようになった。

褒め言葉を受け入れられない。
自分から「これをやりたい」と手を挙げられない。

だから、この一年で変わりたい。

自分はすごいのだと。
自分は上手なのだと。

胸を張って言えるようになりたい。

昨年度の公演後のアンケートに、自分についての感想があまりなかったことも悔しかった。

次は、誰かの記憶に残りたい。

「あの子が、こうだったよね」と思い出してもらえる表現がしたい。

そして、人の目を見て話せるようになりたい。

そう話すと、周りから「こっち見て」と声が飛んだ。

彼女は笑った。

まだ、まっすぐには見られなかった。

でも、一年後、その目はどこを向いているだろう。

嫌いな自分も、連れていく

二年前から、Aquariseに入りたかったという子もいた。

歌も、ダンスも、演技も、専門的に習っていたわけではない。

小学生のころから、一人で続けてきた。

けれど、誰かと一緒に、一つの作品をつくったことはなかった。

受験で思うような結果が出ず、自分を否定した時期もあった。

高校に入ってからは、もう自分に嘘をつきたくないと思い、やりたいことへ片っ端から挑戦した。

そして、二年越しで、ようやくこの場所に入った。

言葉に詰まり、涙が出た。

周りは急かさなかった。

誰かがティッシュを持ってきた。
誰かが抱きしめに行った。
水を飲む間を待ち、冗談を交えながら、話し始めるのを待った。

最後に、その子はこう話した。

「ここでは、嫌いな自分を含めて、好きなことをできる自分になりたい」

嫌いな自分を消してから、始めるのではない。

弱さも、悔しさも、そのまま連れていく。

その自分も含めて、ここにいていいと思えるようになりたい。


編集後記

この日の目標には、きれいではない言葉もあった。

勝ちたい。 一番になりたい。 悔しかった。 自分が嫌い。 中途半端な自分をやめたい。

けれど、その言葉の方が、人の心に残ることがある。

「成長したい」という言葉だけでは見えない、 その人がここへ来るまでの時間が見えるからだ。

夢を叶えるためだけではなく、 自分を嫌いなままで終わらないために、舞台に立とうとする人もいる。

最後に、浅川さんも目標を話した。

自分は、舞台に出演するプレイヤーではない。

それでもAquariseを続けているのは、 かつてAquaという場所を通して、自分のなりたい姿になれたからだという。

やりたいことができた。 ありのままの自分になれた。

だから、同じような場所を残したい。

この日、一人ひとりが話した目標を、ただ聞いて終わるのではなく、

「叶えられた」と本人が実感できるように、後押ししたい。

そして、こう締めくくった。

「各々できることをやりつつ、めちゃめちゃに楽しみつつ、ふざけつつ、本気でやりつつ、一年間過ごしていきましょう」

少し間を置いて、

とりあえず、バズらせよう

笑いが起きた。

この八人は、同じ場所から出発するわけではない。

経験も、得意なことも、抱えているものも違う。

だからこそ、来年三月、同じ舞台に立ったとき、 そこには一人ひとりの物語がある

今日口にした目標が、すべて叶うとは限らない。

誰かに勝てないかもしれない。 また自分を嫌いになる日もあるかもしれない。 途中で逃げたくなることもあるだろう。

それでも、弱さも、悔しさも、嫌いな自分も連れていく。 その全部を使いながら、今までより少しだけ、自分を好きになって帰ってくる。

来年三月。 幕が下りたあとに、もう一度ここへ戻ってきたい。

この日、自分の思いを語った一人ひとりは、 そのとき、今の自分にどんな言葉を返すのだろう。

この一年は、その答えを探す時間でもある。

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