茅ヶ崎の街に、壁一面の本棚が並ぶ小さな場所がある。
一マス一マスに、本があり、持ち主がいる。
けれど、とまり木は“本屋”としてだけでは語りきれない。
ここは「話せるシェア本屋」。
本を介して、誰かと出会い、言葉を交わし、少しだけ視野が広がっていく。
元気になって外へ飛び立つ人もいれば、またふらっと戻ってくる人もいる。
運営するのは、大西裕太さん。通称ジミーさん。
彼が目指しているのは、特別な成功ではない。
「マイナスに触れて、視野が狭くなっている人が、前を向くきっかけ」をつくること。
そのための“場”として、とまり木は静かに立っている。
【movie】
【interview】
「話さない環境」が合わなかった。そこから、すべてが始まった
ジミーさんは、会社員として働いた7年間を振り返りながら、当時の体感を言葉にする。
現場では24時間365日、呼ばれたらすぐに動く。忙しさの波が大きい。
一方で、経理に移ると生活は整うが、仕事は“個人で完結する世界”になった。
会話はほとんどなく、やり取りはメール。
時間内に終わらせなければならないプレッシャーも重なり、心身は限界を迎えていく。
不眠からの休職。うつ——。
ただ、その経験は「過去の自分のため」でもあり、
これから出会う誰かのために、“前を向くきっかけ”をつくりたいという想いにつながっていく。
回復の3段階——眠る/自己分析/外に出る
休職後、ジミーさんがまずしたことは、徹底的に眠ることだった。
ご飯とトイレと風呂以外、ほとんど寝る。1か月半ほど続けたという。
次に始めたのが、自己分析だった。
幼少期から現在まで、ノート数冊分。細かく、深く、掘り下げた。
「このタイミングで考えないと、ずっと考えないまま人生が終わる気がした」
そう感じるほど、切実な時間だった。
最後が、“外に出る”こと。
人と話すこと自体が、社会復帰のリハビリになると思った。
そこで出会ったのが、茅ヶ崎駅前のコミュニティスペース「ちがラボ」のイベントだった。
柔らかい場所で、言葉がほどけた
最初は、病院がやっているような“治療っぽい”ワークショップも見ていた。
でも当時の心境では、もう少し柔らかい空気の場がよかった。
「マインドフルネスカフェ」という名前のイベント。
参加してみると、そこにいる人たちの受け止め方が柔らかかった。
本当は言うつもりがなかった“休職中”という話も、雰囲気に背中を押されるように口から出た。
そして、それでも大丈夫だと受け入れられた。
その体験が、ジミーさんの中で確かな実感になる。
話を聞いてもらうことで、視野が広がって前を向ける瞬間がある。
それは街に必要なものかもしれない——。
やがて彼は、ちがラボでスタッフとして働き始める。
そこに出入りする人たちの“やりたいこと”や“ストーリー”を聞き続ける中で、
自分自身の興味関心も整理されていったという。
「本屋に寄り道して帰る」——あの頃の自分が探していたもの
とまり木の発想は、過去の記憶と結びついていく。
満員電車で帰る途中、
「今日、一言も会話していないな」と思いながら茅ヶ崎駅に降りる。
まっすぐ帰ればいいのに、なぜか本屋に寄り、棚をぐるぐる回ってから帰る。
当時の自分は、本屋に並ぶキーワードの中から、
“モヤモヤをどうにかする糸口”を探していたのかもしれない。
その気づきが、「本」と「話せる場所」を一本の線でつないだ。
ただ、本屋は会話する場所ではない。
そこで出会ったのが「シェア本屋」という形だった。
いくつものシェア本屋を見学する中で、ジミーさんはこう感じたという。
一マス一マスが、その人の人生図鑑のように並んでいる。
言葉で交わさなくても、棚を見ることで起きる“言葉にならない対話”。
それが、彼の目指す「話せる」に近い感覚だった。
企画書と物件——二つの壁を越えて、場は形になった
とまり木をつくるまでに、大きな壁が二つあった。
ひとつは企画書。
スライドをつくったことがなく、筆が進まない。
そこでヒントになったのが、Soup Stock Tokyo創業者の本に載っていた“物語としての企画書”だった。
登場人物がその場に出会い、体験し、飛び立っていく——。
とまり木も「すでに街にある前提」でストーリーを書いたとき、企画は前に進んだ。
もうひとつが物件探し。
歩き回り、不動産屋にも通うが、なかなか出会えない。
それでも構想を語り続け、ビジネスコンテストなどで発表する中で、
人づてに今の場所へたどり着いた。
“言い続けること”が、場を現実に引き寄せていった。
とまり木は「みんなで運営する」場所になった
内装は、地域でつながった仲間とDIYでつくった。
本棚のマスが上下で少しずれている“蜂の巣”のような形も、
作業の合間に出たアイデアから生まれた。
「少しずれてた方が、一マス一マスが際立つんじゃない?」
二人目の子どもが生まれたタイミング、そしてコロナ禍。
ジミーさんは午前だけ現場に立ち、午後は仲間に任せる日もあった。
その積み重ねが、「ひとりで背負わない」「みんなで運営する」というスタイルを育てていった。
カウンセリング未満/イベント未満/コンシェルジュ未満
とまり木の機能をジミーさんは、少し変わった言い方で整理する。
- カウンセリング未満:ふらっと来て、誰かと話して、少し整う
- イベント未満:棚の人の活動に触れて、視野が広がる
- コンシェルジュ未満:次の行き先を“こそっ”と渡される
そして、とまり木には“卒業”の考え方がある。
興味関心が外へ向いたら、気軽に卒業していい。
でも、卒業したからといって来てはいけないわけじゃない。
また話したくなったら、いつでも戻ってこれる。
目指しているのは、街の中に「ご機嫌に生きている人」が増えること。
それぞれにとって、ちょうどいい形で。
忘れられない二つの瞬間
とまり木を続けていて嬉しかったことを尋ねると、ジミーさんは二つの場面を挙げた。
ひとつは、オープン半年ほどの頃。
年配の方が一人で来て、たまたま居合わせた人たちとランチを食べた。
その方が涙を浮かべながら言った。
「普段ひとりで食べることが多くて……。みんなで話しながら食べられるのが楽しい」
もうひとつは、店から駅までの15分。
「一緒に帰りましょうか」と歩きながら話した人同士が、後日、外で遊びに行く関係になっていたこと。
とまり木の中で起きた出会いが、外へ広がっていく。
その連鎖を聞くたび、場が“街の一部”になっていることを実感するという。
「ここは、僕にとっても居場所なんだ」
ある日、店内で交わされていた会話が耳に入った。
「働かなくてもいい時、やりたいことが本当のやりたいことだよね」
その話を聞きながら、ジミーさんはふと思った。
働かなくてもいいと言われても、
自分は朝ここに来て、シャッターを開けて、「こんにちは」と言っている気がする。
とまり木は、来る人のためのたまり場であると同時に、
ジミーさん自身にとっての居場所にもなっていった。
【編集後記】
ジミーさんの言葉を聞いていて、何度も引っかかったのは「話せる」という表現だった。
それは“会話ができる”という意味だけではない。
もっと手前の、言葉になる前の感情がほどけていく感覚に近い。
とまり木は、相談窓口でもないし、イベント会場でもない。
なのに、ここで誰かの人生が少しだけ前を向き、
その人の世界が外へと広がっていく瞬間がある。
「卒業してもいい。でも、いつでも戻ってきていい」
この矛盾のような優しさが、とまり木を“場”ではなく“呼吸”にしている気がした。
特別な誰かの成功談ではない。
迷い、悩み、困り、助けてもらいながら、
それでも自分の手で“ちょうどいい居場所”を実装していく記録。
街に、こういう場所があること自体が、
きっと誰かの不安を、ほんの少し軽くする。
とまり木は今日も、壁一面の人生図鑑を並べながら、
ふらっと来る誰かの「話してみたい」を、静かに待っている。
大西 裕太(おおにし ゆうた) 話せるシェア本屋とまり木 店主



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