理解より先に、“感じる”がある|食×SDGs×本でひらく藤沢の1日
2026年3月28日(土)、藤沢市内の旭化成ホームズ 湘南支店ショールームで、
「食×SDGs×本」をテーマにした体験型イベントがひらかれた。
食、絵本、音楽、そして対話。
いくつかの入口から、SDGsを“生活の中に引き寄せていく”時間であった。
そこには、「学びの場」というよりも、
もっと静かで、でも確かに深い時間が流れていた。
それは、何かを“教わる”場ではない。
自分なりに触れ、感じ、少しだけ見え方が変わる場。

「食×SDGs×本」という選択
SDGsという言葉は、広く知られている。
けれど多くの場合、それは
「知っている」で止まっている。
- 貧困
- 環境
- ジェンダー
- 気候変動
どれも重要だと分かっている。
でも、それが
“自分の生活とどうつながるのか”は見えにくい。
だからこそ、この場では
SDGsを「食」と「絵本」という形に落とし込んだ。
食べることは、誰にとっても日常にある行為だ。
その中に、環境や地域、社会とのつながりがあることを、
まず“実感できる形”で届ける。
絵本は、難しい言葉を使わない。
誰かの物語として語られることで、
遠い話だったものが、急に近くなる。
そして何より、
“正解がひとつではない”。
子どもたちは、自分なりの解釈で、
世界をどう捉えるかを考え始める。
「理解」ではなく、「翻訳」
このイベントを企画した尾島さんは、
こうした“距離”に違和感を持っていた。

―“おいしいサステナ文庫”でつながろうー 代表の尾島 浩一さん
SDGsという概念と、日常とのあいだにある距離。
それをどう埋めるか。
その答えが、
- 食にする
- 絵本にする
- 音楽にする
- 体験にする
という、“翻訳”だった。
抽象的な概念を、
生活の中に落とし込む。
「知る」だけではなく、「感じる」ことから始める。
この場全体が、その思想で設計されていた。
4つの体験で“生活に接続する”
このイベントは、時間帯ごとに4つのプログラムで構成されていた。
それぞれが異なる入口から、 SDGsと日常をつないでいく。
① 食育絵本づくりワークショップ
この時間は、「食を学ぶ」ことと「表現する」ことが、ひとつにつながったワークショップだった。
まず行われたのは、中北薬品の管理栄養士・坂巻さんによる食育授業。

テーマはシンプルに「野菜を食べよう」。
けれど、その中身は単なる知識ではない。
野菜は体をつくる。 病気に負けない力になる。 そして、お腹の調子を整える。

子どもたちが実感できる言葉で、丁寧に伝えられていく。
さらに、話は“旬”という考え方へと広がる。
野菜は、その季節にいちばんおいしく、栄養も豊富になる。
そして、たくさん作られるからこそ、手に取りやすくなる。
「旬」という視点から、食べることの意味を知る
この授業の特徴は、「知識」で終わらないことにある。
長谷川ナツキさんがバトンを受け取り、 その学びを“絵本”へと変換していく。

見本はある。 でも、正解はない。
「さっき聞いたことを、自分の言葉で描いてみよう」
その一言で、場の空気が変わる。
子どもたちは、 覚えたことではなく、 感じたことを描き始める。



同じ授業を受けたはずなのに、 出来上がる絵本は、一人ひとりまったく違う。
描くものも、選ぶ言葉も、物語の流れも違う。
けれど、それは
理解できた・できなかったの差ではない。
そこにあるのは、「理解の差」ではなく、「視点の違い」だった。
ここで起きているのは、理解ではなく翻訳だ。
知識が、自分の中で意味を持ち、 表現として外に出てくる。
それは、ただ覚えるよりも、 ずっと深く残る体験だった。

② 絵本とうたとウクレレ ミニライブ
この時間に立っていたのは、 湘南を拠点に活動するシンガーソングライター・小林夕夏さん。

自身で歌うだけでなく、
作詞・作曲やコーラス制作など、
楽曲づくりの面でもさまざまな形で関わりながら、
音楽を通じて人や場をつなぐ役割も担っている。
このライブは、「聴く」ものではなかった。
手を叩く。 音を鳴らす。 声を出す。
その場にいる全員が、少しずつ関わっていく。
観客が、いつの間にか参加者になっている
象徴的だったのは、絵本の時間。
オノマトペをテーマにした絵本が開かれる。

けれど、それは読み聞かせではない。
「ぽちゃん」 「しゅわしゅわ」
言葉がリズムになり、 声になり、 場に広がっていく。
絵本が、“読むもの”から“感じるもの”へ変わる
後半では、小林さん自身の活動や、 藤沢の農とつながる話へと続いていく。
そして披露されたオリジナル曲
「ma,icca〜にこにこ農園のうた〜」。

この曲には、 “完璧じゃなくてもいい” というメッセージが込められている。
「まいっか」
その言葉を、会場全体で繰り返す。
正しさではなく、心地よさでつながる時間
この時間で起きていたのは、 音楽体験ではなく、 場がひらく瞬間だった。
③ 食生活から学ぶSDGs エコ・クッキング授業
この時間では、東京ガスによる出前授業が行われた。

テーマは「エコ・クッキング」。
環境に配慮した調理を、 日常の中でどう実践するかを学ぶ。
特徴的だったのは、 SDGsが“生活の動き”にまで落とし込まれていたこと。
食べ物は、
つくられ
運ばれ
売られ
調理され
食べられ
片付けられる
そのすべての過程で、エネルギーが使われている。
食卓は、見えないエネルギーの上に成り立っている
だからこそ、できることがある。
旬のものを選ぶ。 地元の食材を選ぶ。 必要な分だけ買う。 食材を無駄なく使う。
それは、特別なことではない。
今日からできることだ。
印象的だったのは、 最後のチラシを使ったゴミ入れづくり。

不要な紙を使い、 生ゴミを濡らさずに処理する工夫を体験する。
知識が、その場で“行動”に変わる
この授業は、 「知って終わり」ではなく、 「やってみる」まで設計されていた。
それによって、 学びは家庭へと持ち帰られていく。
④ SDGsシミュレーションゲーム
イベントの最後に行われたのは、 ビオマテール髙橋さんによるSDGsシミュレーションゲームである、
「2030 SDGsゲーム」。

このゲームは、一般社団法人イマココラボが開発したもので、
SDGsの世界観を体験的に理解するためのシミュレーションプログラム。
高橋さんはその認定ファシリテーターとして、
場の進行と対話を通じて、参加者の気づきを引き出していく。
2030年の世界をシミュレーションしながら、
経済・環境・社会のバランスを体感として捉えていく時間だった。
特徴的だったのは、 世代が混ざる構成だった。
高校生と、人生経験の豊富な参加者が、 同じテーブルで考え、動く。

最初は遠慮がちだった関係が、 少しずつ変わっていく。
「どうしますか?」 「一緒にやりませんか?」
世代を超えて、“同じ課題に向き合う関係”が生まれる
はじめ、参加者たちはそれぞれのチームで、
与えられた目標の達成に向けて動き出す。
限られた時間と資源の中で、
どうすれば自分たちのゴールにたどり着けるのか。
自然と、視線は“自分たちの目標”に向いていく。
しかし、あるタイミングから、少しずつ変化が起きる。
自分たちの目標を達成したチームが、
周りのチームの状況に目を向け始める。
困っているチームに声をかける。
資源を分け合う。
情報を共有する。
視点が「自分たち」から「全体」へと移っていく
そして終盤には、
誰か一人や一つのチームの達成ではなく、
“世界全体をどうよくするか”
という視点で、場が動き始めていた。

それは、ルールで決められたものではない。
参加者の中で、自然に生まれていった変化だった。
一人ではなく、関係の中で世界は変わる
2030年の世界をシミュレーションするこのゲームは、
知識ではなく、行動と関係性を通して、
SDGsの本質に触れる時間になっていた。

この場を支える取り組み
会場の一角には、今回のイベントを支える取り組みや、
その背景にある活動を紹介するブースも設けられていた。

おいしいサステナ文庫

主催者が運営する「おいしいサステナ文庫」。
善行駅前にある「駅前かぐや」の一画を借りて展開されている、
食やSDGsをテーマにした民間のライブラリーだ。
現在も常設で運営されており、
この活動そのものが、今回のイベントの出発点となっている。
当日は、
・食や環境をテーマにした絵本やエッセー、ビジネス書
・それぞれの本の背景を伝えるPOP展示
が並び、
“読むことから考える”入口がつくられていた。
イベントの裏側にある思想が、静かに可視化されている
地域と企業の取り組み紹介


あわせて、
旭化成ホームズ湘南支店によるSDGsの取り組み紹介
藤沢市企画調整課による「ふじさわSDGs共創パートナー制度」の紹介
藤沢市農業水産課による地産地消の取り組み(ツリーパネル)
といった、地域・企業・行政それぞれの視点からの展示も行われていた。
体験やプログラムだけでなく、
その背景にある取り組みを知ることで、
この場が単発のイベントではなく、
日常や地域の中につながっていることが見えてくる。
「体験」と「取り組み」が、同じ空間に共存している
そして、もうひとつの入口「本」
この日、旭化成ホームズのショールームには、 移動式本屋「ちいさなえほんや百色眼鏡」が出展されていた。

店主の二見さんが営むこの本屋は、店舗を持たず、 マルシェやイベントなど、さまざまな場所に現れる。
この“移動式”というかたちは、 本との出会い方そのものを変える。
本屋に行こうと思って来た人ではなく、 たまたま通りかかった人が、ふと足を止める。
予定されていない出会いが、生まれる

百色眼鏡に並ぶのは、 大手書店には並びにくい小さな出版社の本や、 個人の想いから生まれた一冊。
そこには、 売るために並べられた本ではなく、 “届けたい”という感覚で選ばれた本がある。
目的はない。
けれど、 その偶然が、誰かにとっての「必要な一冊」になる。
場所が変わることで、出会い方も変わる
この場に本があることで、 体験はさらに広がる。
プログラムの外側にある、もうひとつの入口。
それは、 自分で見つける時間だった。
このイベントは、 学びや体験だけで完結していない。
偶然や余白までも含めて、 ひとつの場として成立していた。
今回のイベントの意味
本イベントの主催者である尾島さんにとって、このイベントは単発の企画ではない。
その根底にあるのは、
「SDGsは、きれいごとだけでは広がらない」
という、現実的な感覚だった。
市民活動だけで閉じていては、広がらない。
企業や行政も含め、立場の異なる主体が交わることで、
初めて社会に落ちていく。
それらを否定するのではなく、
前提として設計すること。
主催者である尾島さんが目指しているのは、
「純粋な善意だけで閉じる活動」ではなく、
各者の思惑も含めてつながる活動だった。
それぞれが無理なく関われる、
“少しずつ意味が循環する構造”
今回のイベントは、その思想をそのまま形にしたものだった。
実際にこの場では、
- 旭化成ホームズ湘南支店による特別協賛・場所提供
- 中北薬品や東京ガス、ビオマテールといった企業の協力
- 藤沢市の後援
- 地元の表現者・講師との協働
- 高校生ボランティアの参加
といった、多層的な関係性が成立していた。
重要なのは、規模ではない。
「小さな市民団体でも、企業や行政と組み合わせればここまでできる」
という実例を示すこと。
そしてその先にあるのは、
「うちみたいな団体じゃ無理」ではなく、
「このやり方ならできるかもしれない」へと認識を変えること。
この場は、ひとつのイベントとして完結するものではなく、
尾島さんの取り組みそのものを“ロールモデル”として提示する場でもあった。
この形が、他の団体に持ち帰られ、
それぞれの地域や文脈の中で少しずつ形を変えながら広がっていく。
そして同じような取り組みが点在していくことで、
結果として地域全体のあり方が、ゆっくりと変わっていく。
そんな可能性を、この場は内包していた。
尾島さんの背景
かつて尾島さんは、
- 大手印刷・出版関連企業グループに所属
- 書店・流通領域に関与
- 図書館や公共空間の企画に携わる
- 本を媒介に人がつながる場。
その設計に関わってきた経験が、
今の活動につながっている。
主催者を支える人たち
この場は、一人では成立しない。
企画の意図を描く人がいて、
それを現実に落とし込む人がいて、
そして、場そのものをつくる人たちがいる。
印象的だったのは、
関わる人たちそれぞれの“関わり方の濃さ”だった。
高梨さん|構造を支える視点

高梨さんは、尾島さんと以前同じ出版系の職場で働いていた関係にある。
本に関わる仕事の延長線上で、この活動にも自然と関わるようになった。
その背景にあるのは、
- 地域に根ざした活動
- 本を媒介にしていること
- 学びや社会課題との接続
という、「地域 × 本 × 社会性」への共感だ。
関わり方は前面に立つのではなく、
- 準備や方針面の相談
- 見せ方や設計の調整
といった、実務と構造のあいだを支える役割。
尾島さんの構想を現実に接続する、
“支える側の中核”となる存在だった。
矢野さん|「好き」から始まる関与

矢野さんがこの活動に関わり始めたのは、つい最近。
きっかけは、とてもシンプルだった。
「本が好きだったから」
藤沢市のボランティア募集をきっかけに参加し、
現在はWebまわりやイベント運営のサポートなどを担っている。
“好き”から始まりながらも、
場の本質に自然と踏み込んでいく関わり方。
それが、この場に新しいレイヤーを加えていた。
鵠沼高校の生徒たち|場を動かす存在

この場には、鵠沼高校の生徒・卒業生たちもボランティアとして参加していた。
声かけ、案内、会場づくり…。
一つひとつの役割は小さく見えるかもしれない。
しかし実際には、
場を成立させるための重要なピースだった。
印象的だったのは、
「手伝っている」ではなく、
「場の一員として立っている」
という空気感だった。
その姿は、
- 世代を超えた協働
- 学びの当事者化
を体現していた。
高校生、大人、子ども。
それぞれが役割を持ちながら、
一つの場をつくっている。
その“混ざり方”そのものが、
このイベントの価値だった。
子どもと、その先にあるもの
このイベントは、一見すると 子ども向けの教育イベントに見える。
しかし、尾島さんが見ているのは その先にある変化だ。
直接的には
- 楽しく学んだ感覚
- 食や絵本、音楽に触れた体験
そして、その奥には
- もったいない
- 地域
- 食
- 環境
といった感覚を、自然に持つことがある。
それを「教える」のではなく、
体験の中で、自然に触れてもらうこと。
さらに重要なのは、
子どもを通じて、家庭に変化が生まれること。
子どもが家で話す。
そこから会話が生まれ、 家庭の中で少しずつ価値観が動く。
このイベントの対象は、子どもに見えて 実際には“家庭”そのものだった。
余韻
すべてを理解する必要はない。
ただ、
「なんか分かった気がする」
その感覚が残ること。
理解より先に、“感じる”がある。
この日、藤沢で生まれていたのは、
そんな学びの入口だった。


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