2026年10月10日(土)、藤沢市片瀬。
江の島に近い住宅街の中に、湘南ホクレア学園はある。
この日の午後、ここに10組の親子が集まった。
つくったのは、1本の紙芝居である。
題名は、「うみからのおくりもの」〜みんなでつくる かたせ・くげぬま のおはなし〜。
呼びかけたのは、片瀬に事務所を構え、この街の住まいと暮らしに関わってきたブロッサムデザイン株式会社。
地元の会社が主催し、地域の人たちと一緒につくる、紙芝居のワークショップである。
1組が1枚ずつ絵を描き、10枚をつないで、ひとつの物語にする。
描かれたのは、片瀬・鵠沼の海と、そこに暮らす人たち。
そして、もしもの日に、命を守るための道である。

街の会社が、物語の場をひらく
ブロッサムデザインは、片瀬・鵠沼を拠点に、住まいの仲介や設計に携わってきた会社だ。
子育て中の家族に向けて、毎月「手形アート」のイベントを開くなど、地域の家族と顔を合わせる場づくりを続けてきた。
2026年の夏には、藤沢市の「ふじさわSDGs共創パートナー」にも登録している。
その会社が、今回は主催者として、紙芝居づくりの場をひらいた。
仕上がった紙芝居の表紙には、同社の「CoCoDA」の名前も、小さく描かれている。

なぜ、紙芝居だったのか。同社の中濱社長は、こう話す。
「地域のつながりを育み、海やまちの未来を一緒に考える場になればと思い、主催しました。当日は、子どもたちが想像を膨らませて絵を描き、目を輝かせて紙芝居を聞く姿が印象的でした。これからも地域で読まれ、紙芝居の温かさとともに、自然を大切にする気持ちや助け合いの輪が広がればうれしいです」
街で暮らす家族と、街の海と、街の会社。
この紙芝居は、その三つが出会うところから生まれた。
3月28日の、続き
この紙芝居には、もうひとつの始まりがある。
2026年3月、藤沢で「食×SDGs×本」をテーマにしたイベントが開かれた。
絵本をつくり、歌を聴き、料理を学び、ゲームで考える。理解より先に、まず感じる。そんな一日だった(記事「理解より先に、“感じる”がある」)。
企画したのは、尾島浩一さん。
「BOOKで『食と学び』のコミュニティをつくる会」の代表で、ICON FUJISAWA の名前でも活動している。
企業と、行政と、市民活動と、藤沢の人たち。立場の違う人たちを組み合わせて、小さな社会貢献が成り立つ形をつくってきた人である。
3月のイベントのあと、尾島さんの手元に残ったのは、地域と企業と市民団体が一緒になって市民に伝えていく、その活動への手応えだった。
次に何をつくるか。ブロッサムデザインの中濱社長と話し合うなかで、選んだのが紙芝居だった。
3月につくった絵本は、一人ひとりの「世界に一つの宝物」になった。紙芝居は、それとは少し違う。できあがった作品が、つくった場所を離れて、ひとり歩きできる。
そうして生まれたのが、「地域へ循環する紙芝居プロジェクト」である。
大勢の人に見てもらえる藤沢市の防災フェアにちなんで、テーマは SDGs と防災に決まった。
3月のイベントに参加した企業と一緒に、防災フェアでの共同出展が先に決まっていた。尾島さんたちの出し物を防災紙芝居にする案に、各社がそろって「いいね」と応えてくれたという。
尾島さん自身、今回の取り組みを「3月28日の続き」と呼んでいる。
四つの手でつくった、海の物語
物語は、一人でつくったものではない。
片瀬・江の島を舞台にしよう、と決めたのは、ブロッサムデザインの中濱社長、増尾さん、早川さん。
物語の筋を書いたのは、尾島さんの会のボランティアスタッフ。
それを、上演できるセリフに仕立てたのが、NPO法人紙芝居Project の島田博之理事長。
全体の監修と、親子が描くための構成は、尾島さんが担った。
尾島さんは、これを「連携プレイ」と呼ぶ。
物語の主人公は、こうくんと、妹のいちかちゃん。
片瀬の海に、きょうも遊びに来ている。
砂浜には、貝殻やシーグラスがある。
けれど、よく見ると、ペットボトルやビニールも落ちている。
海が泣いているみたい、といちかちゃんが言う。
二人がごみを拾いはじめると、犬の散歩をしているおじいさんが手伝ってくれる。
親子も、旅行に来た外国の人も、加わっていく。
海がきれいになると、魚やカニが、また元気に動きだす。
物語が大きく動くのは、帰り道だ。
おじいちゃんが、昔このあたりまで津波が来たことがある、と話す。
地震が来たら、海から離れて、高い所へ逃げること。あの丘の道を登ればいいこと。
怖がる二人に、おじいちゃんはこう続ける。
「知っておくだけで、みんなを守れることがある」
数日後、二人が海で遊んでいると、本当に地震が来る。
頭を守り、揺れがおさまってから、あの丘の道を登る。
途中で、震えている小さな子に「いっしょにいこう」と声をかける。
お年寄りも、旅行者も、みんなで助け合いながら、高台にたどり着く。
高台から見えたのは、夕焼けに染まった、いつもの海だった。
海をきれいにすること。命を守ること。
SDGs と防災。ふつうは別々に教えられる二つのことが、この物語では、同じ海の上で、一本の道につながっている。
きれいな海を守ることと、自分の命を守ることは、同じ海から教わることなのかもしれない。

木の床と、赤い机の上で
会場は、古い木造の建物を学びの場に使っている、湘南ホクレア学園である。
板張りの床、畳の間、木の梁。窓の外からは、午後の光が入っている。
制作の時間は、長くはない。
そこで、参加する親子には、担当する場面のセリフと、その場面のキーワードを、前もって伝えてあった。
ただし、見本や手本の絵は渡していない。どう描くかは、それぞれの自由な発想にまかせた。
はじまりは、物語を聞くことからだった。
講師を務めた島田理事長は、紙芝居士でもある。物語の意味を説明しながら、セリフを一度、読んで聞かせた。

島田理事長が率いる NPO法人紙芝居Project は、「紙芝居を未来の子ども達に残してあげたい」という思いから、紙芝居の公演、紙芝居師の育成、オリジナル紙芝居の制作を続けている団体だ。同団体も最近、「ふじさわSDGs共創パートナー」に登録した。島田理事長は、ちびっこ保育園(湘南台・藤沢)の園長でもある。
赤い布をかけた長机が並び、その上に、白い画用紙と、クレヨンの箱が広がっている。
子どもたちは床に膝をつき、あるいは椅子に座って、画用紙に向かう。隣には、保護者が寄り添っている。

まずは、A4のコピー用紙に、構図を下描きする。
本番は、八つ切りの厚紙。画面いっぱいを使って、白い地を残さないように描く。それが、島田理事長の教えだった。

描かれていくのは、青い海。波。魚。
クレヨンの青を、何度も重ねたような絵もある。
親子で、一枚の紙をのぞき込む姿もあった。
「いろんな種類の鉛筆やペンがあって、色んな描き心地があって楽しかった」
参加した女の子は、アンケートにそう書いている。
自分の1枚を、自分の声で
絵ができあがると、上演の時間になった。
会場の前に、木の紙芝居舞台が置かれた。
扉のついた、小さな劇場のような木の箱である。
1組ずつ、自分たちの描いた1枚を舞台にセットする。
手には、セリフを書いた紙。子どもが、そのページのセリフを読み上げていく。
少し緊張した顔で紙を見つめる子。
保護者に支えられて前に立つ子。
次の組は、その後ろに並んで、順番を待った。

10組が読み終えたとき、10枚の絵は、1本の物語になっていた。
最後は、みんなで一枚の写真に収まった。子どもたちは、自分の描いた絵を胸の前に掲げていた。

あとで集めたアンケートはすべて、「とても満足」もしくは「満足」だったという。
「すごく皆さんと楽しめて、嬉しかったです」という声もあった。
今日つくった紙芝居を、誰に見せたいか。
その問いには、「幼稚園でお友達に、おうちでじいじばあばに」という答えが返ってきた。
誰かが描いた1枚が、次の誰かの1枚につながっていく。
それは、紙芝居のつくり方であり、この物語が伝えようとしていることでもあった。
「見たかった」から、次へ
アンケートには、こんな声もあった。
「他の子の場面を正面から見られなかったのが残念です」
「発表者も、最後にみんなが描いた絵を流れで見たかったかな」
上演のあいだ、次の組は舞台の後ろに並んでいた。自分の番は読めても、ほかの組の絵とセリフを、正面から見ることはできなかったのだ。

ブロッサムデザインは、この声を受け止めた。
後日、完成した紙芝居をカレンダーにして、お話を短くまとめた紙と一緒に、参加した家族に送り届けた。
カレンダーは、表がイラスト、裏が暦になっている。あとで、紙芝居としても読めるように。
「全体の話も配ってほしい」という声には、同封したお話で応えた。

見られなかった10枚は、こうして、家族のもとに届いた。

つくって、終わらない
この紙芝居は、ここで終わりではない。
子どもたちがつくった作品を、地域のいろいろな場所で上演していく。
つくった物語が、街の中を巡っていく。紙芝居だからこそできる、二つめの展開である。
その第1弾は、8日後にやってきた。
10月18日(日)、藤沢市役所で開かれた藤沢市防災フェア。今年は約2,000人が訪れた。
「ふじさわSDGs共創パートナー」のブースで、紙芝居士の小林彰さんが、この紙芝居を上演した。

そのブースに並んだのは、東京ガス、旭化成ホームズ、中北薬品、そして尾島さんの会。
3月の「食×SDGs×本」で出会った4者が、今度は防災をテーマに、もう一度集まった。

上演は、11時半と13時の2回。
用意した5脚の椅子はすぐに埋まり、まわりは立ち見の人でいっぱいになった。
防災フェアで、紙芝居? 子どもも、大人も、興味津々で足を止める。小さな子どもは、食い入るように舞台を見つめていた。
13時の回では、午前の反省を踏まえて、尾島さんが前に出た。
表紙と、協賛社を紹介する最後のページを示しながら、子どもたちがつくった紙芝居を、なぜこのブースで上演するのかを説明する。大人たちが、うなずきながら聞いていた。
この日の会場では、地元のレディオ湘南による公開生放送もあり、ブースの取り組みが紹介された。
そして、紙芝居の旅は続く。
島田理事長が園長を務めるちびっこ保育園では、毎月第1土曜日の朝に「紙芝居おはなし会」が開かれている。11月か12月の会で、今度は尾島さんが「紙芝居おじいちゃん」として、この作品の上演に挑む予定だ。
3月に生まれたつながりが、子どもたちの物語を、市の真ん中まで運び、また街の小さな部屋へと連れていく。
立場を超えて、小さく関わる
企業が主催し、市民活動の団体が企画と運営を担う。
3月のイベントとは、ちょうど逆の組み合わせだ。
紙芝居づくりには、ほかにも多くの人が関わった。
・主催:ブロッサムデザイン株式会社
・全体の企画・運営:ICON FUJISAWA(BOOKで「食と学び」のコミュニティをつくる会)
・講師と上演の舞台協力:NPO法人紙芝居Project
・協賛:KOKO STAY 湘南藤沢、江の島片瀬漁業協同組合
・会場:湘南ホクレア学園
・後援:藤沢市
関わる人が、立場を超えて、地域の小さな社会貢献に参加できる仕組みをつくる。
尾島さんがこだわってきたのは、その形である。
企業と市民活動をつなぐ仕組みは、ビジネスコンテストに挑んでも、まだ形にはなっていない。
それでも、実証と実績は、一つずつ積み上がってきた。
仕組みと呼べるものにたどり着くまで、ネットワークを広げていきたい。尾島さんは、そう話す。
街の会社が場をひらき、市民活動がそれを形にし、地域の人たちが少しずつ持ち寄る。
一社だけでも、一団体だけでもできないことが、そうして形になる。
編集後記
紙芝居の最後の場面で、いちかちゃんは、砂浜で拾った貝殻をおじいちゃんに手渡す。
おじいちゃんは、二人に頼む。この話を、いつか、大事な誰かに伝えてくれるかい、と。
海を守ること。命を守ること。
そして、大切なことを、次の人へ伝えること。
物語の中で、おじいちゃんから子どもたちへ手渡されたものは、
紙芝居になって、今度は子どもたちから、街の人たちへ手渡されていく。
物語は、つくった場所から、歩きはじめている。
写真提供:ブロッサムデザイン株式会社/ICON FUJISAWA


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