ライズへの一年|第2回 舞台の外で、声がひらく

目次

稽古場の中で生まれた声は、
いつか、誰かの前に届いていく。

歌を覚える。
振りを合わせる。
表情をつくる。
立ち位置を確認する。

そうした時間は、たいてい白い壁と鏡の前にある。
けれど、表現は、稽古場の中だけで完結しない。

誰かが見ている。
音が外に広がる。
知らない人が足を止める。
拍手が返ってくる。

その瞬間、練習してきたものは、少しだけ違うものになる。

2026年6月7日。
藤沢駅前サンパール広場で、「藤の盆 2026」が開かれた。

アクアライズは、そのステージに立った。

歌のパフォーマンス。
そして、盆踊りの踊り子としての参加。

稽古場から、駅前の広場へ。
まだ始まったばかりの今期のメンバーたちが、人前に立つ日だった。

藤の盆

「藤の盆」は、藤沢駅前サンパール広場で行われた、初夏のイベントである。

提灯が並び、やぐらが立ち、
広場にはステージを見上げる人たちの姿があった。

アクアライズがこのイベントに出演するようになったのは、
Aquaの頃からのつながりがきっかけだったという。

学生団体「ニューコロンブス」。
その代表を務めていた人たちが主宰に関わるイベントで、
声をかけてもらったことから、去年も出演した。

今年も、歌のパフォーマンスと、盆踊りの踊り子として参加することになった。

アクアライズは、湘南で活動する高校生ミュージカル団体である。

地域で生まれた団体が、地域のイベントに立つ。
それは、ただステージを借りる、ということだけではない。

自分たちの活動を、
この街で暮らす人たちに、直接見てもらう時間でもある。

立ち上がってすぐのステージ

この日の出演メンバーの中には、
今年度、新しく入ったばかりの子もいた。

正式なキックオフは、まだこれから。
前回のプレ稽古に参加し、
「メンバーになります」と決めた子が、
すぐにこのイベントへの出演を打診された。

「イベント出てみない?」

そう声をかけられて、
「やりたいです」と答えた子がいた。

稽古場に来て、
団体に入ることを決めて、
そのすぐあとに、駅前のステージに立つ。

順番としては、少し早いのかもしれない。

けれど、表現の始まりは、
いつも準備が整い切ったあとに来るわけではない。

まだ慣れていない。
まだ知らないことも多い。
それでも、立ってみる。

その一歩が、その子にとっての始まりになることがある。

夢だったこと

ステージの上で、ひとりの子が歌った。

前を向き、
声を届けていた。

堂々としていた。

その姿について、アクアライズの主宰メンバーはこう話していた。

「自分が歌って、注目を浴びるのが夢だったんですって」

その言葉を聞いたとき、
この日のステージが、少し違って見えた。

イベントの出演枠。
地域とのつながり。
団体の認知度向上。

もちろん、そういう意味もある。

けれど、ひとりの高校生にとっては、
それはずっと胸の中にあった夢が、
少しだけ現実になる時間でもあった。

歌いたい。
見てもらいたい。
自分の声で、誰かの前に立ちたい。

その願いは、大きな言葉にしなくても、
ステージの上の姿に出る。

「ちょっと叶えさせてあげられたんじゃないかなって思って、嬉しかったです」

その声には、
団体を運営する人としての視点と、
目の前の子の背中を押した人としての実感が、両方あった。

稽古場と、本番

稽古場で歌うことと、
人前で歌うことは、違う。

いつもの稽古場には、鏡がある。
白い壁がある。
見ているのは、同じ団体のメンバーやサポーターたちである。

けれど、本番には、奥行きがある。
音響がある。
マイクがある。
そして、知らない人の視線がある。

練習でできていたことが、
そのまま本番で出せるとは限らない。

声の出方も違う。
自分の体の感じ方も違う。
客席との距離も違う。

その難しさを、
この日のステージは教えていた。

うまくいったこともある。
もう少しできたかもしれないこともある。

けれど、その両方が、
稽古場では得られない経験だった。

「場数を増やしてあげたい」

そう話す言葉が、印象に残った。

何度も本番に立つこと。
人前でパフォーマンスをすること。
緊張の中で、自分の声を出すこと。

それは、ミュージカルを作るうえで、
技術とは別の、けれど確かな力になっていく。

地域に立つ意味

アクアライズが地域イベントに出演する理由は、大きく二つあるという。

ひとつは、
湘南で活動している団体として、
地域の人たちに、自分たちの活動を知ってもらうこと。

SNSやチラシだけでは届かない人がいる。
けれど、駅前の広場で歌えば、
たまたま通りかかった人にも届く。

「あれは何だろう」と、足を止める人がいる。
「高校生がやっているんだ」と知る人がいる。
「今度、見に行ってみようかな」と思う人がいるかもしれない。

もうひとつは、
出演する本人たちの経験である。

稽古を重ねることは大切だ。
でも、本番の一回から得られるものは、また別にある。

拍手を受けること。
視線を浴びること。
思ったようにいかないこと。
それでも、最後までやり切ること。

そうしたものが、
次の稽古に戻ったとき、
体の中に残っている。

地域に出ることは、
団体を知ってもらうためだけではない。

高校生たちが、自分の表現を外の世界に置いてみるための時間でもある。

盆踊りの中へ

ステージパフォーマンスのあと、
広場では盆踊りが行われた。

アクアライズのメンバーたちは、
踊り子としても参加した。

ミュージカルのステージとは、少し違う。
決められた作品を演じるのではなく、
その場にいる人たちと一緒に、輪の中に入っていく。

歌う。
踊る。
盛り上げる。
場の空気に混ざる。

それは、アクアライズが目指す表現の、
別の形でもあるのかもしれない。

舞台の上に立つだけではなく、
場そのものを明るくする。
そこにいる人の体を、少し動かす。
声や動きで、空気を変える。

高校生ミュージカル団体が、
地域の盆踊りに入っていく。

その姿は、
作品を作る団体であると同時に、
この街の中で表現をひらいていく団体でもあることを示していた。

編集後記

第1回で、リノさんは言っていた。

「表現の楽しさを、みんなで研究したい」

あの日は、稽古場の中での研究だった。

名前とポーズ。
歩く、止まる、走る。
色や食べ物を、体で表すこと。
好きなものを、動きにしてみること。

第2回のこの日は、
その研究が、少しだけ外に出た日だった。

駅前の広場。
提灯。
ステージ。
知らない人の視線。
マイクを通した声。
拍手。
盆踊りの輪。

稽古場では見えないものが、
そこにはあった。

自分の声が、外に出る。
自分の体が、誰かに見られる。
自分のやりたかったことが、ほんの少し、現実になる。

アクアライズの一年は、まだ始まったばかりである。

来年三月の舞台に向けて、
彼女たちはこれから、稽古場で何度も練習を重ねていく。

けれど、その途中にあるこうした一日も、
きっと舞台につながっている。

舞台の外で、声がひらく。
その声が、また稽古場に戻っていく。

ひと月ずつ、
その変化を、書き残していきたい。

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